笹島ステンショ

おはようございます

今日から、少し、名古屋駅前の街の発展史について書いていきたいと思います

おとといくらいに、江戸時代から続く、熱田のお宮さん、宮の街について書きました
この街は、宿場町ということで、ターミナルシティのはしりとも言えるかもしれません

さて、名古屋でターミナルシティといえば、「名駅」の街ということになるでしょうか
今や日本でも、有数のスーパーターミナルまで成長しました

では名駅はいつできたのでしょうか?
まずは、鉄道史から追っていきましょう

東京と関西を鉄道で結ぼうという構想は、明治維新以来すぐにできたようです

しかしながら、最初は中山道経由で計画が立てられていました(1883年)
理由として、東海道はすでに運送業が発達していて、経済的に合わない
あるいは、国防上、海からの砲撃を受けやすいとも言われています

いずれにしても、中部地方の鉄道敷設のために、武豊港から資材を運ぶために、貨物線(支線)が敷かれます

それが、いまの名古屋を通る鉄道の元になったものだそうです

その際に、江戸時代からの繁華な通り、広小路の延長線上に駅を設けようということで、
「笹島ステーション」、「名護屋駅(翌年名古屋駅)」、俗称"笹島ステンショ”とよばれる駅が、1886年、今から131年前に、笹島交差点付近にできました

             








1887年頃(鶴舞図書館蔵 写真より)

また、中山道経由の鉄道は、山岳地帯の工事費が思いのほかかかることがわかり、東海道線に変更が決まります(1886年)そして、1889年に東海道線が全通します

そのおかげで、貨物線(支線)の駅から、大動脈、東海道線の駅へと位置づけがかわり、この駅の周りに、旅館などが立ち並んで、街ができてきます











1913年頃(鶴舞図書館蔵 写真より)

                                 









1925年頃(鶴舞図書館蔵 写真より)

                                   









1933年頃(鶴舞図書館蔵 写真より)

では、今日はここまでにしますね

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